<妙典コミュニティサイトの開設にあたって>

1999(平成11)年3月、わたしはここ妙典へ越してきました。地下鉄東西線・妙典駅の開業は翌年に延期されたものの、4月には市川妙典サティがオープンし、妙典小学校も第1期生をむかえて開校。土地区画整理事業によって生まれた新街区「みょうでん」の、事実上のまちびらきとなった時期です。

あたらしいまちには、住みはじめてから知る驚きや苦労がありました。まず、あたらしい住居表示が地図にのってない。だから、出前を頼もうとおもっても断られるし、そもそも出前や宅配のチラシがはいらない。しごとで帰宅がおそくなると、行徳駅から歩いて30分以上かかる。サティのほかにはこれといった店もなく、近所にコンビニがないという現代的な不便さを感じたのもこのころです。

妙典駅が開業してからは、こうした開拓者的な初期の苦労はもう昔話となってしまいました。駅周辺の人口は急増し、それにつれて店舗や飲食店のかずも増え、どこにでもある新興住宅地のすがたに変わってきました。ある意味でこれは、まちが"発展"したということなのでしょう。

しかし、まちびらきから何年たっても変わらないと感じることがあります。それは、妙典周辺の住民情報の欠如です。

妙典は情報の真空地帯?

フリーペーパーの『行徳新聞』やインターネット上の人気サイト『市川妙典Walker』などで、地元のニュースや話題をかなり知ることはできます。また、個人または家族の交友関係を通じて、地域情報にかぎらずさまざまな情報が入手できることでしょう。ただ、わたしが情報の欠如を感じるのは、こうした必要に応じてみずから求める情報ではなく、当然知らされるべき性格の住民情報についてです。

たとえば、こんなことがありました。2001年の秋、市川市では『市民便利帳』の新版を制作し市民に配布しています。しかし、この「市民への配布」は市内の自治会/町内会を経由するもので、妙典地区居住者の大半はこの新版の存在を知らないか、知り得たとしても行徳支所などへ自分でとりに行かなければなりませんでした。

自治会の空白地帯だった妙典4・5・6丁目には、その後2002年10月に「妙典南自治会」が設立されましたが、問題の本質は自治会の有無や加入の如何よりもっと深いところにありそうです。というのは、周囲を川に囲まれた行徳地区全体が市川市にとっては「市南部の新興地域」であり、妙典は行徳・南行徳に次ぐ第3の新興地なのです。さらにいえば、現状では「行徳東部のいち区画整理地」という認識にもとづく地政学的要素がはたらいていると、残念ながらいわざるを得ません。

“行政”はもっと活用しなければ損!

こうした地域特有の状況をただ嘆いていてもしかたがありませんので、とりあえずは自分自身のために情報収集をはじめました。幸いなことに、最近はインターネットでかなり詳しいことまで調べることができます。とくに、市川市のホームページはコンテンツが充実していて、その先進的なとりくみと併せて全国的にも有名なほどです。ホームページにかぎらず、納税者のひとりとして、“行政”はもっと活用しなければ損だとおもいます。

『妙典コミュニティサイト』は、こうして得た妙典地域に関する各種の生活情報およびその情報源を、ホームページの体裁に再編集したものです。妙典周辺は、上記のような地理的事情に加えて、分譲マンションと賃貸マンション/アパートが多いため自治会加入率も低く、ややもすると"情報の真空地帯"となりかねません。このサイトが情報の欠如を補い、ひいては地元意識の共有や向上への一助となれば幸甚です。

地域ニュースの発信にあたっては客観性を心がけていますが、個人的な視点や興味が反映されることもあることはご容赦ください。また、まちがいなどのご指摘のほか、サイトへのご意見・ご希望も歓迎します。

2003(平成15)年6月
妙典企画

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